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ウクライナ 略 史 9〜12世紀にキエフ・ルーシを形成したが、この国家は13世紀の初めにモンゴル族の侵入によって最終的に崩壊する。 東スラブ族の中 からロシア人(大ロシア人)、ウクライナ(小ロシア人)、ベラルシア人(白ロシア人)が分化する。 14世紀にはウクライナの大部分は リトアニア大公国、一部はポーランドの 支配下となる。 1569年両国が合併し単一のポーランド国をつくると、ウクライナは同国領土と なった。 厳しいポーランドの圧制に対しウクライナは種々の 反抗を行なった。 1654年独立運動の指導者ボグダン・フメリニッキーは ロシア皇帝に対しポーランドからの保護とロシアへの合併を申し入れた。 これを 受け入れたロシアはポーランドと戦い、ドニエプル左岸 及びキエフの領有を承認させた。 はじめロシアはウクライナの自治を認めたが18世紀後半には完全に ロシアの一部とした。 1917年の革命後、一時完全独立を宣言する政権が成立するが、同時にソヴィエト政府も誕生し、以後3年間にわたる内戦へと突入し、 1919年ウクライナ社会主義共和国成立を宣言。 1920年ソヴィエトロシアとの軍事同盟締結。 1922年12月ソ連邦の形成に参加後、1990年7月16日 共和国主権宣言を行う。 1991年8月24日、旧ソ連邦から独立宣言をし、国名を現在の「ウクライナ」と変更する。 同年12月1日に独立に関する国民投票 (投票参加者の90%以上の圧倒的多数が独立を支持)。 ウクライナの完全独立はソ連邦崩壊の契機となる。 また、「欧州への統合」を掲げつつも、欧米と ロシアの間の均衡を模索する路線をとっている。 エネルギーの大部分をロシアからの輸入に依存するウクライナは、経済的にロシアとの深い繋がりを 有している一方でEU加盟を目指している。 近年はロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの4ヶ国で統一経済空間の創設の動きがみられる。 対ロシア 関係では1998年3月に独立後初めてウクライナ大統領が訪ロし、1998年から2007年の国家間経済協定が調印された。 「ロシアの歴史はウクライナから 始まる」といわれるように、旧ソ連全体の農産物や工業製品の 1/4を生産する豊かな国。 古い歴史と独自の文化を持ち、民族意識が非常に強い。 現在の 国旗は「独立ウクライナの旗」と呼ばれ、ソ連邦時代からウクライナ独立のシンボルだったもの。 青は空、黄は豊かな大地に実る麦を表す。 |