<歴史>
「クバン・コサック」合唱団は、1811年〜1920年までの100年以上もの長い伝統を持つ。その後、コサック社会が廃止されるという悲劇のために一時中断されたものの、第2次世界大戦を機にその合唱も蘇った。
<入賞歴>
1975年・1984年全ロシア民族合唱団コンクール優勝。ブルガリア、フランス、ユーゴスラビアの国際民族音楽祭で賞を授与される。 また、1985年にはモスクワの世界青年祭にも参加している。
<クバン・コサックの起源>
帝政ロシアの時代、エカテリーナ2世がウクライナよりこの地にコサックを入植させ、ロシア南部における国の防衛拠点とした。彼等はウクライナやロシアからそれほど離れていない所に定着したため、ウクライナやロシアその他の周辺地域の持つ歌や踊りの影響を受けている。それらの音楽と歌詞のスタイルを取り入れ、過去と現在のクバン地方の村々の生活の絵図、ロシアの国の喜びと悲しみがステージ上で繰り広げられるのだ。クバン・コサックは、彼らの村クバンの美しいフォークソングと踊りで自分たちの愛国心を表現し続けている。
<合唱>
コサック・フォークソングの源は、スラブ文化の深く横たわる層に遡る。クバン・コサックの精神的文化は国を守るために命をも犠牲にするという愛国心が主題であり、勇気ある人生を反映している。そのレパートリーには生き生きとしたもの、士気を高めるものなどもある。 また、その伝統芸術はV.ザハルチェンコによってクバン・コーラスとしてまとめ上げられた。平和を夢見る悲しいメッセージは人々の感情として、クバン・コーラスとなって表現される。
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― 「コーラスのコンサートは、唯一無二の上演で芸術的に完全であった。それは、民族芸術の計り知れない暖かさと、おとぎ話のように色彩豊かなフェスティバルであった。」
(プラウダ Pravda)
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― 「調和のとれた合唱団の歌と華麗な踊りは大きな賞賛を呼び起こした。クバンのゲストの歌も踊りも、惜しげなく生粋の民族の気質に撒き散らされていた。」
(ヴェチェルニー キエフ Vecherny Kiev)
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