カイザー・ヴィルヘルム教会
(Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche)

1888年に死去したヴィルヘルム1世のために19世紀末に建て
られたロマネスク様式の教会。 1943年の空襲で破壊された。 戦争の悲惨さを伝えるために修復せずにくずれたまままの姿で
保存されている。 すぐ隣りに現代式建築の新教会が建って
いる。

ベルリン大聖堂 (Berliner Dom)

1747年にフリードリッヒ2世によりそれまで使われていたゴシック様式の教会をバロック様式の教会へと大改築させ、現在のような建物になったのは1905年の事である。 しかし、第二次世界大戦の空爆によりかなりの被害を受けたため、1975年から修復が始まり、1993年に修復が完了したベルリンのシンボル的大聖堂。

  

シャルロッテンブルク宮殿
(Schloss Charlottenburg)

フリードリヒ1世が妻シャルロッテのために建設したプロイセン
王国の宮殿。 当初は『リーツェンブルク宮殿』と呼ばれていたが、シャルロッテの死後に改名される。 1943年に空襲で大被害を受けたが、現在は復元されている。

  

戦勝記念塔 (Siegessäule)

1873年に立てられ、高さ67メートルの塔の上に金色の勝利の
女神ヴィクトリアがそびえ立ち観光名所として知られている。  1864年のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争、1866年の普墺戦争、1870年、1871年の普仏戦争の勝利を記念して建てられた。 頂上は展望台になっており、285段の階段を上る。  別名はジーゲスゾイレ。

ベルリン大学(Humboldt-Universität zu Berlin)

ベルリン大学はベルリンで最も古い大学で、1810年に、教育改革者で言語学者のフンボルトによってFriedrich-Wilhelms-Universitatとして創立された。 第二次世界大戦後のベルリン分割時代は東ベルリン側に位置したのでフンボルト大学と改称された。 初代の学長がフィヒテ、1830年にはヘーゲルが後任となった。 日本からも森鴎外・寺田寅彦・肥沼信次らがベルリン大学に留学している。

ブランデンブルク門 (Brandenburger Tor)

ブランデンブルク門はベルリンに18箇所あった都城の門の1つであったが、城壁の取り壊しと共にブランデンブルク門だけが取り壊されずに残った。 ブランデンブルク門はベルリンに遷都するまでプロイセン王国の首都だったブランデンブルクやポツダムに通ずる道であったためにこの名が付いた。 ブランデンブルク門はフリードリヒ・ヴィルヘルム2世の命により1788年から3年間の月日を
擁して完成した。 第二次世界大戦後は東ベルリンに属し、
西ベルリンとの境界線がすぐ近くを通る事となり、1960年に
東ドイツがベルリンの境界線を封鎖し、ベルリンの壁を建設すると門は通行出来なくなったが、1989年にベルリンの壁が崩壊し、
現在は再び通行出来るようになっている。

ウンターデンリンデン(Unter den Linden)

旧東独に属していたベルリンを代表する一大ショッピング
ストリート。 ウンター・デン・リンデンは『菩提樹の下』という意味。

  

フランクフルト(Frankfurt Am Mein)

ライン川の支流の一つ、マイン川の下流域に位置し正式名称は『フランクフルト・アム・マイン』。 ドイツのみならずヨーロッパ、
ひいては世界を代表する一大経済都市。 人口は60万弱程度
だが、ヨーロッパでは珍しい摩天楼がそびえ、『マインハッタン』と呼ばれている。 空港の地下に鉄道の駅があるので、ヨーロッパに旅行する場合はフランクフルトから入ると便利。

     

ボン(Bonn)

第二次世界大戦でドイツが負けてからベルリンに首都が戻されるまでの旧西独の暫定首都。 音楽家のベートーベンの出身地で、ベートーベンハウス等が有名。 人口は約30万人弱。

ハイデルベルグ(Heidelberg)

ハイデルベルグは古城街道沿いにある美しい街で、正式名称を【ハイデルベルグ・アム・ネッカー】と言う。 この街の主な見所はハイデルベルグ城と街の中心部にある大学。 中世の栄華が残された街であり、その象徴である「ハイデルベルグ城」が山の頂上にそびえており、登山列車で登る事が出来る。

フライブルグ(Freiburg)

バーデン・ヴュルテンベルク州の州都で、フランス、スイスの国境
近くに位置する。 石畳とゴシック建築の教会と水路が美しい
中世の 面影を残す美しい街であり、シュヴァルツヴァルト(黒い森)に隣接しており、市の4割以上が森林という、恵まれた自然環境にある。 人口の 約15%をしめる約3万人が学生という学園都市としても有名である。

シュトゥットガルト (Stuttgart)

ドイツ南西部の中心都市で南ドイツではミュンヘンに次ぐ規模を
誇っている。 観光地として名高いシュヴァルツヴァルト(黒い森)の 玄関口であると共に、ダイムラーベンツの本社がある事でも
有名。

   

ノイシュヴァンシュタイン城 (Neuschwanstein)

バイエルン州フュッセン近郊にあり、ロマンチック街道の終点に
ある世界でも指折りの名城。 バイエルン王国のルートヴィッヒ
2世により建設が始まったが、ルートヴィッヒ2世はこの他にも国内にリンダーホーフ城、ヘレンキームゼー城の建設を始めたため、
バイエルンの国家財政はあっと言う間に危機的状態に陥った。 それを心配した当時の首相ルッツらによりルートヴィッヒ2世は
精神病としてベルグ城に軟禁され、その翌日非業の死を遂げた。 これによりノイシュヴァンシュタイン城の建設は中止され、以降
城と内部が一般公開され、バイエルンを代表する一大観光地に変貌した。